Q.障害のある人を「こわい」と言った子どもがいます。 |
| なぜ、その子どもは「こわい」といったのでしょう。日常生活で障害のある人と出会う体験がなかったからびっくりしてしまったとすれば、ある意味できわめてあたりまえの反応であるといえます。さて、では福祉教育を考えていくときに、この反応をどうとらえましょうか。 考える観点がふたつあると思います。まずひとつは、その発言からスタートすることです。「どうしてこわかったんだろうね」「では、君のこわがった相手の人は、君に出会ってどう感じたんだろうね」と、その子どもの気持ちを受け入れてやりながら、その子が自分自身のこころを見つめたり障害のある人ともう一歩ふみこんだかかわりができるように、学習支援者が超え賭けをすることなどによって、学習につなげていくことは可能でしょう。 「こわい」と思った自分自身のこころとむきあうことで、その体験のなかからなにかを学ぶはずです。「こわい」といわれて傷ついた障害者には、ことばが話せるじょうたいであれば、その悲しかった気持ちを、直接、当の子どもに伝えてやってほしいものです。そこから、わかりあえる関係性をつくり直す努力をするべく、可能な限りの手を打つことが学習支援者の責任です。 もうひとつは、子どもにとって必然性のない出会いを仕組んだりしないように、学習の流れを検討しなおすことです。直接、障害のある人と出会う以外にも、福祉について学ぶ方法はいくらでもあります。むしろ、自分たちのくらしについて考えるなかで福祉課題に出会い、子ども自身が「ぜひ障害のある人と会って話をしてみたい」という必然性を感じてから、出会いの場を仕組むといった順序を考えることが大切です。 やってはいけないのは、「こわい」という発言をしかったり、否定して封じてしまうことです。この後、その子は正直な感情を口に出すことなく否定的な感情を持ちつづけるでしょう。「こわい」といった子どもの口をふさぐことを考えるよりも、そういわざるを得なかった子どものこころの動きに思いをはせたときに、どうするべきかが見えてくるのではないでしょうか。
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